【三国志】栄養豊富なサジーに救われた諸葛亮

数多くの人物が登場する三国志のなかでも、高い人気を誇る諸葛亮(しょかつ  りょう)。

政治家、軍師として活躍した彼を窮地から救ったのは、サジーだといわれています。

軍師・政治家として名高い諸葛亮

諸葛亮は『孔明』とも呼ばれ、200年代の後漢末から三国時代に活躍しました。

蜀漢(しょくかん/しょっかん)の初代皇帝である劉備(りゅうび)に仕えた際の「三顧の礼」は、有名な逸話として残っています。

諸葛亮は政治家として、きわめて公平な政治を行い、部下が失敗した時には自らの地位を降格することもありました。

高い地位を持ちながら、財産や土地は必要最低限しか持たない人柄もあり、庶民からも厚い人望を得ていた人物です。

さらに軍師としても優秀で、中国を三国時代に導くきっかけを作っています。

諸葛亮の戦略によって中国の歴史が大きく動いたのです。

諸葛亮を救ったサジー

そんな諸葛亮ですが、部隊を率いた東部遠征中にピンチに陥ります。

嵐のなか、危険な山道で身動きが取れなくなり、食料や物資の補給が途絶えてしまったのです。

飢餓や病気の危険にさらされ、一部の兵士は歩けなくなるほどでした。

その危機的状況で、飢えと渇きを満たしたのがサジーでした。

「棘が生えた枝に守られた実」を発見した兵士が食べたところ、すぐに元気を取り戻したといいます。

この実こそが、サジーだったのです。

諸葛亮はすぐにサジーを集めさせ、部隊全員に食べさせました。

その結果、部隊は嵐を乗り切り、無事に全員帰還することができたといいます。

まとめ

サジーで命を救われて以来、遠征中の部隊はサジーを食べることを推奨されていました。

それほどまでに諸葛亮や部隊にとって、サジーは力の源だったのです。

自国の治安維持と、国力の増強に大きく貢献した諸葛亮。

もしサジーがなかったとしたら、時代が大きく変わっていたかもしれません。

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